無量大数 (山田征さんのチャネリング)

山田征さんのチャネル(1988年から数年)を抜粋編集して紹介

人間の本質を知る

 山田征さんのチャネル物語①(1988)から編集・抜粋して掲載しています。(現在はチャネリングを休止され別活動をされています)

◎ あなた方が、全てのもの、すべての目に見える現象を、ただ納得し、それは必要のためにのみ存在するのであると認めればそれで良い

◎  腹を立てるといった一つの感情を捉えてみましても、どういう事柄に腹が立つか、という事です。私よりあの人の方がお金がある、家がすごい、広い土地を労せず所有している、といったことに対して腹立たしい感情をむき出しにする人もいるでしょう。また、自分はこんなに大変な仕事をしているのに、ろくな給料がもらえない。それなのに、あいつは・・・・と腹立たしく感じる人もいるでしょう。またある人は、どこもかしこも果てしなく繰り広げられる自然破壊に、腹立たしさ、悲しみを感じたりもします。それらの違いも、人の持つバイブレーションの違いからくるものです。このように、一つ一つの出来事に対して、自分がどのような反応を示していくかを観察することによって、自分を知ることが出来るようになります。

◎  サンゴ群体の一本の枝、そのひと節に無数のポリープが存在しているわけです。その中の一つのポリープが、自分をすっかり開き、ひとつの餌をつかみ取りますと、それはすぐさま群体全部に行き渡る栄養源になるというあの話です。そして私達もまた、この大地の上で共に生きる、あのポリープの一つに過ぎません。サンゴは、群体全部のポリープが自分を最大限に開かせ餌をつかみ取っていきますが、人間の場合は、なかなかそうはまいりません。たとえ数は少なくても、己を開放し、触手を開ききって生きる者が増えますと、他の人達もサンゴの群体のような作用で、共に大きく育っていくのです。

◎  確かに、原発というものの恐ろしさは計り知れないものがあります。しかし、このような状態を迎えるまで、人々は原発の存在を許してきてしまいました。ほんとうに恐怖なら、ここまで来る以前に止めなければならなかったのです。

◎  今までは、原発問題は他人事でしかなかったからです。その頃の人々の心理は、まだ自分に降りかかってっ来る火の粉としては捉えていなかったからなのです。しかしここに来て、どうもそうではなさそうだという事に気付き始めました。気付き始めましたが、それでもまだ、悪いのは原発であり、電力会社であり、それを推進させている国家であると見て、昨今のような動きになっているのです。もしかしたら、これらの出来事の原因は 《 自分自身ではなかろうか 》 と気付いている人は、ほんの僅かにすぎません。

◎ いま生産されている電気量の大半は、まことに無駄に、いわば湯水のごとく、といった有様で消費されています。誰が一体そのような使い方をしているのでしょうか。もちろん私達人間です。いまさらここで誰彼とは申しますまい。すべては私達人間社会の中で、トータルされて使われているのです。そのことに、まずしっかりと目を据えなければなりません。

◎  だれも自分が原発の存在を許している一人であるとは思っていないからです。みな自分たちは犠牲者であるとしか考えていないのです。人々がそのように考えている限り、原発は存在し続けて、私達を教え導こうとするでしょう。その事のためにこそ、彼原発はそこにあるのです。

◎ 『 まずは自分をよく識りましょう、自分が何であり、誰であるかを・・・』 しかるのち、他の人達のさまを見てみるのも良いですよ。そうしますと、原発もまた、あなた自身であるという事が良くわかります。原発を必要としない世の中をつくるのは、会社でも、国でも、社会でもなく、私達一人一人の生きる姿勢そのものであることを知って下さい。

◎  この人生は、自分が主人公なんですよ、という事をよく理解してはいません。ですから、毎日起きる事柄について、おろおろと己の心を失ってしまいます。今日起きている事柄は、昨日までの自分の積み重ねである、と言いますことをまず知って下さい。そして、今日のあなたの行いは、すべて明日へとつながっていくのです。そのようにして、私達の人生は出来上がっていきます。

◎  このような時代ですから、ここかしこに不思議な能力、はっきり申しまして、霊的な力、あるいは超能力的な力を発揮する人々が現れはじめますと、人々はまたそのことも気になり始まったのです。人々はすこしずつ私達の周辺に、何か言うに言われぬ不思議な存在を感じ始めました。~それが本当は《私たち自身の本質である》と知る日は、遠くないと思います。人には、その人その人に応じて、色々なプロセスを必要と致します。

◎ 人々がこれからどのように生き、そして死んでいこうとするのか、ますます大きな問題になっていくことでしょう。今の医学の世界は、大きな進歩を遂げたと言いますよりは、まるで無節操な進歩をなしたと言うべきでありましょう。いまこそ、一人一人が、そのことをしっかりと見据えていくべきであります。 

◎  波調の長短に即して、さまざまな物質は個体を保ち続けております。人の精神状態もまた、その域を外れるものではありません。物を固体化させている波動より、更にはるかに超えた微小な波動にそれ(精神)は属するものであり、その度合いにより、人それぞれの精神的レベルが定められていきます。

◎  いま私達一人一人が、このようにして、この地球と言う大地の上にしっかりと置かれ、生かされていることの意味を知る術(すべ)を失ってしまいました人はたまたま偶然にこの世に生を受け、生を受けた故に仕方なく生きていると思ってしまっている人が、どんなに大勢いることでしょう。(*この世に生まれたのは、自分自身が選択した結果である事を忘れている!)

◎ 人はとかく、相手、または世の中、社会の悪い側面だけを捉えてしまいがちなのです。何によらず、物事は良否のどちらをも合わせ持っているものです。そのどちらの面を多く捉えるかは、まことに、それを見る側の心の在り方にかかってまいります。

◎ この世はまだ、様々な思想が入り乱れ、なかなか素直に、自分自身の内に全ての答えを見出そうとする者は、少ない状態でありますが、~ これまでの多くの歴史の中で、他へ解決の糸口を見つけようとして、得られたためしはありません。全ては、それぞれの内なる魂の中にあって、答えが引き出されていったのです。全ては、あなた方一人一人の中にあり、一人一人があらゆる事柄の基いになっていますことを知って欲しいのです。
 
◎ 
 
人々は神の分身であり 神そのものではあったが 神のうちにありて 解決せねばならぬ プラスとマイナス 陰と陽の関係を担う者となるべく 神は人々を創りたもうた 他の生きもの達 ありとあらゆる存在者 あるいは存在物にあっては全てその姿を 神は神の全き心を現すべく創られしが人だけは そうではなかった

人にありては ある理由(わけ)によりて生じた神のネガティヴなる一部をあがなうものとして創られし者と知るが良い 

◎  私の全てであるこの大いなる宇宙の秘儀を完成せねばならぬ それがため この民人達はひとたびは私から遠く離れたる者とならねばならぬ しかし その旅路は誠に厳しく 過酷なものとなるであろう これより先 民人達は 陰と陽 光と影の中にありてその両の面をすべからく現すものとなるであろう 

人間の歴史(有史以前~)

 山田征さんのチャネル物語①(1988)から編集・抜粋して掲載しています。(現在はチャネリングを休止され別活動をされています)

◎ その昔、この美しい星地球に降り立った多くの魂たちは、それぞれの特性にそって、それぞれの生活、文化をうち建てていきました。それは、いま人々の前に繰り広げられています文明社会など、とうてい及びもつかぬほど、なお一層高度な文明社会であったと言っても差し支えないものでありました。

◎それは、物質的な面でも確かにそうでありましたが、精神文化の上でなお一層高度であったと言うべきものでありましょう。当時の人々は、現代の人々からは到底夢想だに出来ぬほどに、高度な力を持つ者が多く存在していたのです。いまで言えば、いわば超能力といった力の事です。

◎  有史以前に栄えた途方もない文化はいくつかありましたが、それらが、ある理由に基づいて、跡形もなく消え去った文明は、また以前のような原始的な生活を余儀なくされ、そのような人々によって、少しずつ人としての文化が甦りつつありました。

◎  《神の民》と呼ばれる人々の群れを、この地上に置く事にしようと計画されたのです。そして、私イエス達はその協力者として定められました。そして、アダムとイヴの二人は、私達の民の始祖と定められたと知って下さい。

◎  あのアダムとイヴのお話が誕生いたしました時、この地上にはすでに、他の多くの民族の生存があったと言う事を知る必要があります。*アブラハムを更に逆のぼること二千年の彼方に、このドラマの始祖であるべき、アダムとイヴが何故置かれたのかを、もう一度、あなた方は考えてみなければいけません。ただ額面通りに、あの聖書を読んでしまってはいけないのです。


◎ 人の歴史とは何であるのか。たとえそれが、イエス・キリストにまつわるものであれ、なんであれ、神との合一へと向かうための目的を持った一大ドラマであり、大いなる旅路である言えるのです。


◎  人々とは何であったか 人々とはまさしく神の分身 神の愛の計らいによる 神の子どもらであった 昔 人々に悪は無かった 人々は清らかな愛そのものであった 清らかな光そのものであった 人々は平和な愛そのものであった 私(ルシエル)もまた その大いなる神の愛そのものであった

◎  人々は 神の計らいにより まるで神のごとくに 自由にものごとを考える思考というものを与えられたのである 人々は まるで神のごとくに 豊かに 明るく人々を愛し ありとあらゆるものを 美しく眺めて暮らしていた


◎ なぜ人々は そのことから離れることになってしまったのか 神の世界は全きものではあったが やはり プラスとマイナス 陰と陽なる二つの性格を持たざるを得ぬ 一つの要素が生じたのである ~その因となったものについては いまは明かさぬ

チャネル

◎ 普通チャネルする人間は、いわばトランス状態、つまり自分の意識を無くした状態で行う事が多いのです。ですから、その間自分がどんな状態であったか、何を話したか、まるで意識していません。ですから後で、速記されたものや、録音されたものを見たり聞いたりして、何が起きたかを知るわけです。

 山田征さんのチャネル物語①(1988)から編集・抜粋して掲載しています。(現在はチャネリングを休止され別活動をされています)  

◎  それではなぜ貴女(山田さん)が、こんな日常的な状態のまま、たとえば瞑想をしたり、暗示をかけたり、何も始める前の合図さえないのに、ノートにペンを置きさえすれば、このような私達の言葉をチャネルすることが出来るのかを述べたいと思います。それは、もはや貴女は、そのような事のための自己暗示をかける必要のない程に、波動が微小になってきているからです。つまり、貴女と私達はほとんど一体化してしまっているのです。いずれ、どんな立場にいる人達でも、このような状態になるのです。

◎  前にもお話しました所謂トランス状態になってチャネルする者は、他から見てもその者の自我をよそに預けた状態になるのですから、そこから出てくる言葉、語られる言葉はとても信憑性があるように思われることでしょう。なぜなら、本人の知らないうちに、本人のまるで知らないことが、次々と人の前に語られていくわけですからね!しかし、貴女のような場合は、やはり、どこまでが私達からの伝達部分であり、どこまでが自分の考えであるかが解りにくいわけです。


◎  いま私達は、貴女の思考回路を使って、いろいろお話しをしています。思考範囲外のことを述べようと致しますと、あなたの中で混乱が生じます。*今まで伝えてまいりました事のほとんどは、実際は貴女の基本的な考え方であると言ってよいでしょう。それは、あなたの思考の領域であるということです。

◎  私達はいま、このようにして、あなたの思考回路を使って、話を展開していますことは既に述べてあります。

そのことにより、ある種の限界があることを伝えておきましょう。あなた自身が、質問者の質問内容をよく理解するように気を付けて下さい。


◎ 今私達が、貴女にこのような形でメッセージを送るようになりましたことは、本当は誰にもでも起こり得ることなのですが、現実にはやはり非常にまれな現象であるという事が言えましょう。

◎  さて、ここで質問の最初に戻り、「山田さんは直接、天の人のメッセージを聞けるけど。私達は・・・」と言う事です。大丈夫、彼女(山田征さん)に出来たことなのですから、皆様にも必ず出来る時がまいります。多少の時間差が生じるだけの事です。

◎  このような出来事(チャネル)が始まりましてから、丁度ひと月になります。もう自動書記には以前ほどの抵抗はないでしょうが、私達が、つい力を入れて話をしようと致しますと、やはり強い筆圧がかかるようですね。この前のように、自分以外の人に私達からの答えを伝えようと致します時には、まだ貴女自身の中に、『なんか辻褄が合った解答であって欲しい』 という願望が働き、私達の言葉の力をコントロールしようとする無意識の力が働きます。そうしますと、私達はとてもやりにくいのです。出来るだけリラックスし、どんな解答になってもかまわない、といった任せ切る姿勢が出来ると良いと思います。

◎  はい、私はルシエル、よろしいですか。今日のあなたの調子は如何かな?いま私達が、このように素直な関係で交信できる日が、こんなにも早くやって来るとは思わなかったのです。このことは、つまり、私に関するあなた方の理解が、非常に的確なものであり、素直に表現されたからに他なりません。

霊魂創造!

 山田征さんのチャネル物語①(1988)から編集・抜粋して掲載しています。(現在はチャネリングを休止され別活動をされています) 

◎ まずはじめに神は実に多くの霊魂、霊なる存在をお創りになりました。 ~ みな、肉体を持たず、殆んど光そのものの状態のままに、この真空なる宇宙空間に浮遊していたと考えて下さい。 ~ 人の目から見まして、ほとんど”無”そのものでしかないこの大いなる宇宙の中に、聖書で言う《天地創造》が始められましたのは、実にその後のことでありました。


◎ 神は、この私達(霊魂)と共に、いとも健やかに、明るく希望に満ち充ちて、宇宙界のあらゆる事柄の創造をお始めになられました。


◎ 
それはいま、あなた方にそのまま伝えますことは不可能なほど、神秘的な出来事でした。また、とても雄大な物語でもあるのです。これらの出来事は、思考や言葉の範囲では、限界があり、とても表現することは出来ません。~ それらの事を、非常に簡略化して伝えたものが、聖書の中の物語であり、多くの霊能者の口を通じて伝えられる事柄でもあるのです。

◎  神の創造活動は、間違いもなく、気の遠くなるほどの多くの時の流れの中で、いわば、進化と言う形をとりながらなされてまいりました。私(イエス)達は、まさにその参入者であったのです。私達は、確かにその神の秘儀 (*天地創造の事?ーー) を共に、担ってきた者であることを告げたいと思います。

◎  前にも申しましたように、私達の前には、全てが完了された一つの次元しかないと言う事です。場合によりましては、実に気長に多くの時間をかけ、物によっては即座に完了させると言う事がなされていきます。ですから、これら天地創造の物語は、いわゆる、あなた方の言う一元的な物の見方だけでは、解決いたしません。

人と自然現象

◎ あなた方の住む東京という街は、いわば、流れの早すぎる川であると言えましょう。そして、この地に住む方々は、一見、表面は何事も無く、ゆっくりと流れる川のように見えますが、見えない水面下での変動は大きいのです。それは、この地球全体を包む大気の持っている、現在の性格であるとも言えるのです。

◎ 一見何事も無く見える川面の下に、激しく渦巻く激流が潜んでいるのが、あなた方の生きる、現代(いま)という時代でありましょう。どうぞ、そのことをしっかりと受け止めて下さい。先日もお話し致しましたように、多くの人々の心の中から、安らぎや、優しさの波動が多く放たれるようになりますと、様々なるネガティブな出来事は、ずっと少なくなることでしょう。 

◎  自然の営みといいますのは、何も植物や動物のことなどに限られたものではありません。その大きな基(モトイ)となりますのは、言うまでもなく、この宇宙、大宇宙を司る営みの事であります。


◎ 地球の事で言えば、あの大空に浮かぶ太陽との関係、
また、月の満ち欠けなどの影響を、実に大きく受けているのです。地上に生きるほとんどの生命の誕生は、これらのことと切り離して考えることは、決して出来ません。


◎ 他の天体、他の星との関係は、あなた方が予想する以上の、いえ、予想だに出来ないほどのものであると言えるでしょう。

◎ 人々の日々の生活は、驚くべき自然界の営みとの関係の中に在るということです。しかし、あなた方の人間生活はと言いますと、それらの連鎖関係を無視した形で推し進められてまいりました。

◎  たとえば火山噴火ようなものも、単なる自然現象だとばかりは言えないのです。そのような事でさえも、この地表に生きる私たち人間の生活の在り方、物の考え方と、深く結びついている事を知る必要がありましょう。まして日常的に起きる、小さな自然現象などは、私たち人間の様々な想念と、自然界とのアンバランスな関係の中で発生していると考えても良い位です。

 

◎ 私たち人間は、この自然界に厳然として存在する、目に見えない秩序を、何の恐れ気もなく侵してしまっていると言えるのです。そのことに、人々は気付いていないとは言えないでしょう。あなた方人々は、それらのことを充分承知の上で生きているのです。

神の計画


◎ 私達は、神の計画に基づき、この気の遠くなる時の流れを生きてまいりました。まだまだ果てることのない旅路でありますが、いまはまさしく、ひとつのシナリオに基づく幕が下りようと致しております。
 
山田征さんのチャネル物語①(1988)から編集・抜粋して掲載しています。(現在はチャネリングを休止され別活動をされています) 

◎  人々は、この地球という大きな舞台をお借りして、長い長いお芝居をしてきたのですね。舞台裏はすべて天の国です。シナリオはすべて、神自身の手になるものです。私達(天界の人達)は演出者です。

◎  人は、無であるものを、意識することも想像することも出来ません。なんであれ、あなた方が想像するもの、思考し得るものは、それがどんなに奇想天外、荒唐無稽であっても、それは必ずどこかに既に存在するものであることを知って下さい。すべてそれらは、神の計らいの中に於いて、既に存在する事象物であることを、あなた方はよく知る必要があります。

 ◎  私達本来の姿には、各々様々なバイブレーションの違いがあります。~ その差は一口に言い表すことは出来ません。人々の持つ個々のバイブレーションは、例外なく、その中のどこかに波調が合っています。その合一した波調に位置する者同士が、お互いを助け合うことになるのです。そう致しますと、霊的な形(存在)のままでは、あまり成長の度合いは望めなくなりますので、そこに《肉体をとる》と言う現象が生じます。これこそ、神の最大、かつ最高の神の計らいでなくなんでありましょうか。


◎  神は神の心を心として生きる民のひな型をつくろう・・・と。そして、一つのルール、秩序を確立しようではないか。~ 《神の民》と呼ばれる人々の群れを、この地上に置く事にしようと計画されたのです。そして、私イエス達はその協力者として定められました。そしてアダムとイヴの二人は、私達の民の始祖と定められたと知って下さい。

◎  いま私達が急いでいますのは、このような情報が出来るだけ広く、大勢の人々の中に伝えられ、その人にとっての考える判断材料ともなり、生きる上での指針ともなりますようにということなのですが、そればかりではありません。人々がこの事を知ろうと知るまいと、この宇宙の仕組み、神の摂理にのっとって、今ある出来事が進行中であります。

◎  これからあなた方が迎えます時代、いえ、既にそのような時代に入ってきていますが、これから先の時代に現れます救い主とは、人としての肉体を持った者ではありません。

黙示録の世界

◎ 黙示録やいろいろな予言の書については、もう少し皆で考える必要があります。その示されている言葉に振り回されることは、大変危険な事です。早くその事に気付いてほしいと、強く願わずにはいられません。

 山田征さんのチャネル物語①(1988)から編集・抜粋して掲載しています。(現在はチャネリングを休止され別活動をされています) 

◎  これから先、どのような出来事がありましょうとも、それは全て人々の想念によって引き起こされ、起きる事であること、また、それらのことに直に巻き込まれていく人々は、それなりの理由があっての事と知って下さると良いのです。

◎ 今の段階では、いったい誰がどのような事になるか、何も解らないのです。しかし、多くの人々が、一般的な知識として、このような概念を受け入れるかどうかは、大きな問題です。受け入れたことにより、おそらくその日から、自分と自分のまわりに起きる様々な出来事を、非常に冷静に見る事が出来ていくはずです。

 
◎  ただいたずらに、怒ったり、悲しんだりするのではなく、その人その人の善き判断がなされていくことで、社会全体の空気も和らいでいくことでしょう。そのことは、また次なる善きことを招き寄せます。これまでのいきさつ上、当然起きるはずであった様々な事件や、事故、災害といった事柄も、人々の感情が鎮まってまいりますとそれらの出来事に伴う力も弱まってまいります。このようにして、大きな災害を食い止めていくことも出来るのです。このことが、先に申しました、『 予言された事柄の回避 』 ともなって現れます。

◎  その日々の生活は、驚くべき自然界の営みとの関係の中に在るということです。しかし、あなた方の人間生活はと言いますと、それらの連鎖関係を無視した形で推し進められてまいりました。その結果がどのようなものであるかは、いま世界各地、あらゆる所でさまざまな天災、人災といった形になって現れてきております。

◎  人々は、たとえば火山噴火ようなものは、単なる自然現象だと思っているでしょうが、そうとばかりは言えないのです。そのような事でさえも、この地表に生きる私たち人間の生活の在り方、物の考え方と、深く結びついている事を知る必要がありましょう。まして日常的に起きる、小さな自然現象などは、私たち人間の様々な想念と、自然界とのアンバランスな関係の中で発生していると考えても良い位です。

◎  今までの多くの歴史の中や、宗教や、予言的な事の中で、これから先の地球の時間帯を、終末の時代、黙示禄の時代などと呼んできました。その時になりますと、新しいメシア(救い主)が現れます、といった事はさまざまに言われてきたことなのです。一般に人々は、救い主が現れると言います事を、世の乱れ、つまり人の世が、罪悪に汚れ、人心の荒廃が進んだことによって、それを何とか救いとろう、救い上げようとの神の意図、情けによって救い主が与えられると解釈しているむきが多いと思われます。

◎  それは全く関係がないとは申しませんが、図式が少しばかり違っています。人々の心に、真から神を求め、救い主を求める心が育った時に、そのことはなされる、という事です。そのような心が人々の心に育たなければ、神の化身は、人々の中に降下し得ないという事なのです。人心が乱れ、心の波動が荒みきった所には、神的な波動を持った肉体は、同調し得ないということを、あなた方は知る必要があるのです。

◎  人々の心から、影の部分、闇の部分が消え去る事、少なくともそれを、誰か他の者、または現象のせいにせず、全ては自分にとって、あるいは社会にとって、本当に大事で必要な事だから存在するのだ、という事を認めることでしかないのです

◎  まだまだ現実には多くの波乱が生じます。人々の心は、ますますかたくなになるかに見える事でしょう。思わぬ災害、天変地異も巻き起こるに違いありません(*いろいろ起こりました)まことに、神も仏もないのかと、思わず口走りたくなることも、少なからず生じるに違いないのです。しかし、そのような表面的な事に捉われてはいけません。すべて、その裏に潜む多くの事柄こそ見抜きますように。

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